「賃上げ税制」は百害あって一利も見えない

 「賃上げ税制」をめぐる報道の論調は、「これだけでは賃上げは難しい」とするものが多く見られます。もっともらしい表現ですが本当にそんな言い方でいいのでしょうか?「賃上げ税制」はそもそも日本の賃上げにプラスになるのでしょうか?

☆効果がなくても政権にはプラス

 「官製春闘」なるワーディングもそうでしたが、マスコミの方々は政権にはずいぶんと気を遣っておられるなあとつくづく思います。

 私とて、政権が賃上げが望ましいと思っていること自体まで否定はしませんが、しかし実のところ、もし結果につながらなくてもこういう姿勢をとっていることは評価してよね、と思っているのではないでしょうか。

 そもそもこれまでもほとんど効果のなかった「賃上げ税制」に対して、実績についての十分な分析は行われたのでしょうか?国民から集めた税金を使ったインセンティブで企業に賃上げをさせようというからには、それ相当の裏付けをオープンにして事を進める必要があったと思いますが、そういう感じには全くみえません。

☆百害…構造問題を助長していく懸念

 今回の税制議論の途中においては基本給の引き上げを対象にしようとしていたようですが、結局はこれまでと同様、「給与総額」になってしまった由。本気度がこれでわかります。不安定で低処遇の雇用を一時的に前年より増やして給与総額が増えればこの「賃上げ税制」の対象になるということでは、現在の雇用社会の矛盾・構造的問題をかえって助長してしまうのではなないでしょうか?どういう企業がどういう風にこの仕組みを使っているのか、実際のところをみてみたいものです。

 そしてこれまでも言われているように、そもそも中小企業においては法人税を納めることのできる企業が4割にも満たないわけですから、取りようによっては、そういうところは賃上げできなくても仕方ないとみえてしまう。定期昇給や賃金カーブ維持がなければ実質賃下げとなってしまうのですから、格差がさらに拡がってしまうという構造問題をむしろ助長してしまうのではないでしょうか?

 これらのマイナス要素を考えると「百害」と言わざるを得ません。

☆持続的発展は話し合いからしか生まれない

 その場しのぎの発想だからこういう懸念が生ずるのです。本来、経済・社会の持続的発展を展望していくためには、本当の意味での「政労使」の社会対話が必須です。賃上げだけを税制でなんとかしようということ自体に土台無理があります。多様な雇用・労働のあり方、生活保障を含めたセーフティーネット、それらを含めた全体の拡がりのなかで、お互いが掘り下げた議論を重ねて認識を共有してはじめて当事者意識が生まれるのだと思います。

 そしてもちろんのこと、個々の企業、個々の事業体において賃金を上げることは、当該の労使がしっかりと話し合い・交渉を重ねることが不可欠です。使用者の一方的な差配だけでは持続性にはつながりません。一年こっきりの所作ではお互いの発展は望めないのです。

 そのような基盤づくりこそ、包摂的・持続的社会を実現する要諦ではないでしょうか。

(了)