-春闘報道、四つの落とし穴-

☆交渉期間はあっという間に過ぎていく

 連合の春季生活闘争、世の中のいわゆる「春闘」の本番が始まっています。続々と要求が提出され団体交渉がスタート。連合も構成組織(産別)も、方針は掲げますが実際の交渉を展開するのは単組であり、企業別の労使関係こそが具体的な結論を見出していくのです。

 第一の山場のゾーン(今年は3月10日~12日)での回答引き出しに向けて、交渉期間はさほど長くありません。私自身、交渉担当者であった当時を思い出せば、いつもいつも難しい交渉でした。その年々で重点やパターンは変わっていきます。厳しい寒さの早朝から夜遅くまで、明けても暮れても、どうやって最善の結果を引き出すかで頭のなかをぐるぐる回したものです。肉体的にも精神的にも辛い毎日ながら、交渉期間はあっという間に過ぎていきます。

 日本全体で毎年繰り広げられる壮大なイベントであるこの春闘ですが、そのあり方やメカニズムはワンパターンではありません。

 春闘報道の落とし穴、その第一は「前例踏襲の落とし穴」です。

 春闘に限らずですが、多くの報道にありがちなのは、一年前の今頃どういう報道をしたかを振り返り今年もこうだ…というパターンです。毎年の取り組みとなっている春闘ですから、どうしても前例踏襲に陥りがちです。

 しかし代表銘柄の回答をデカデカと取り上げてそれで春闘報道は終わり、という例年のパターンは、かつてのインフレ前提のメカニズムにおいてできあがったスタイルです。当時は確かにそれで全てを語ることができたでしょう。代表銘柄の回答実績を範としつつ同じような率の賃上げが日本全体に波及したのですから。

 しかし今は、あくまでも三月半ばのゾーンは、「第一の」山場の回答引き出しが始まったというひとコマでしかありません。この山場のなかでも、代表銘柄の一群のほかがどうなっているのか、あるいは第一の山場でできた土台が今後どう乗り越えられていくのか、ということに視線が集まらなくてはなりません。

  

☆経営発の落とし穴?

 もちろん報道する側も毎回同じパターンではいかにも能がないので、今年の注目点はこれだ、という工夫をこらすことでしょう。そのこと自体は必要なことですし、大いに腕を振るってほしいわけですが、その場合、くれぐれも本質を外さないように注意深く取り上げていただきたいと思います。

 特に今年の場合、「日本型雇用システムの見直し」だとか「一律ベアの見直し」などという経営サイド発の言辞を仰々しく取り上げる傾向が既にあるようです。

 そもそもマスコミ報道ではお上や財界等の、立場の強い方々の発言は大きく取り上げられる傾向がありますが、この「日本型雇用システムの見直し」や「一律ベアの見直し」などという言葉は、ことの本質を大きく外したものであり、「経営発の落とし穴」と言っても過言ではないと思います。

 実際の交渉当事者や、少しでも賃金制度や人事制度をかじったことのある人からするならば、今回出されている一連の言辞については、時代遅れか知識不足か、あるいは結局意味不明としか言いようがない、そんな受けとめしかされていないのではないでしょうか。そもそも最前線の労使関係においては、何年もの間に賃金制度・人事制度に知恵と工夫をこらしてきているのですから。

 「ジョブ型」などという表現も経営サイドから出ていますが、よくよく聞けばIT対応等の高度人材を高い処遇で確保したいということが背景にあるようです。そんなことはわざわざジョブ型などと構えることなくどんどんやっていけばいいのであって、春季生活闘争のタイミングで云々するテーマとは到底思われません。

 そしてまた、一律ベアの見直しなどという、賃金交渉と制度改定を混同したようなわけのわからない表現についても、記者の皆さん方はどう解釈されているのでしょうか?まさか一律定額ベアが標準パターンだなどとは思っておられないと思いますが。

  

☆座っていても得られる数値の論評は誰にもできる

 私が経営サイドの発の言辞の流布を懸念するのは、労働組合がないところの経営者が悪乗りをして意図的な賃金抑制や制度の改悪をする恐れがあるからです。「大企業ですら見直し見直しと言っているのだから」などと筋違いのこじつけや言い訳が横行して雰囲気を冷やしかねないからです。大企業幹部のきままな物言いが後続の機運を冷やすようなことだけはやめていただきたい。

 本質論議こそが重要です。3月の第一の山場を中心とした回答引き出しで、数字自体はわかりやすさを伴って世の中に出回ることとなります。しかし肝心なことはそこから先の長い期間にわたる回答群が、真に格差是正を実現しうるものとなるのか否かです。

 落とし穴の三つめは「既成の数値で満足する落とし穴」です。春闘報道でよく使われる集計数値として厚生労働省の民間主要企業賃上げ実績がありますが、ここでの数値は一部の大企業の回答実績でしかありません。連合は中小企業の回答実績を含めて7月まで集計を繰り返しますから、その状況を丁寧にフォローしていただきたいと思います。

 そしてさらに言うならば、目標水準に向かって格差是正を計画的に進めるような労使の先進的事例を掘り起こしてもらいたいと思います。座っていても得られる数値の論評だけではなく、一つひとつの労使交渉の持っている「ものがたり」を引き出してもらいたいと思うのです。

   

☆木を見て森を見ずでは日本全体がドボン

 四つ目の落とし穴は「木を見て森を見ずの落とし穴」です。これは最大の落とし穴と言えましょう。

 日本の企業の99%は中小企業です。日本全体の雇用労働者の約7割はその中小企業に所属しています。その方々にどれだけ賃上げが実施されているのか、賃上げがないとすればどのような阻害要因があるのか、取引慣行が災いしていないか等々、それらの実態を明確にしていくことが重要です。

 今年も連合と経団連のトップ懇談会は大々的に報道されましたが、3月なかばの連合と全国中小企業団体中央会とのトップ懇ははたしてどうでしょうか?前例踏襲の落とし穴にはまってしまえば今年もマスコミには取り上げられないのでしょう。

 急激な人口減少のなか、20年間に及ぶ平均賃金の落ち込みを反転させることができなければ、日本はしぼんでいく一方です。木を見て森を見ずの春闘報道はわが国のドボンを招くのみです。