神津里季生の「おやっ?」と思うこと~労働組合とメディア論  ―新時代の春闘―

 

 

☆見え方の変化は大事

 前回に続いて新聞の見出しの問題を取り上げたいと思います。

 報道など一々気にせず「鷹揚に構えとけ」という声もいただきましたが、春闘に関わる報道は、経営者を含めて多くの関係者が強い関心を持っていますから、私としても気にしないわけにはいきません。

 連合としての議論のスタートはいつもこの時期です。2020春季生活闘争に向けた今年の基本構想は、先日24日の中央執行委員会で内容を確認し、11月6日の討論集会での補強・肉付けを経て12月3日の中央委員会で方針確立、各構成組織や地方連合会も連動して助走期間から本格的な方針策定に移っていきます。

 基本構想についての各紙報道の見出しは今回、いつもは嘆き節の私にとって、久しぶりに前向きな受けとめをさせてもらえるものでした。まず「最低時給1100円要求へ 連合初の明記」(24日産経、東京も同様)と出てから、翌25日には「企業内最低賃金1100円に 中小の待遇改善狙い」(読売)、「連合最低賃金1100円以上 初めて要求提示へ」(毎日)、「連合実額重視2年連続」(日経)、と続きました。

 私たちが2019の取り組みから、上げ幅のみならず絶対額重視を強調してきたことが、ようやく世の中にもつながりはじめたと実感をするところです。そして、たまたま知り得た静岡新聞の25日の見出しは「最低賃金1100円確認 20年春闘へ連合基本構想」というものでしたが、同紙の前日の見出しも上述の産経・東京と同様で共同通信の配信によるもののようでした。全国の地方紙にも一定の広がりがあったのではないかと思います。賃金格差は様々な要素がありますが、中央・地方の格差是正が重要なテーマであるなかで、このことは大きな意味を持ちうると思います。

 インフレ時代に出来上がった春闘という仕組みに対する報道は上げ幅のみを追いかける傾向が依然として強いのですが、デフレ脱却には格差是正・底支えの視点が不可欠です。実は今回の基本構想の考え方は必ずしも連合初ではないのですが、数値を含めた打ち出しをこれまで以上に深掘りしてきたことは事実です。見え方の変化は大事だとつくづく感じています。「1100円以上」だけではなく、「35才時1700円以上」をはじめとしたいくつかの実額とともにさらに目立たせていきたいと思います。

  

☆見せかけではダメ

 しかし当たり前のことですが問題は実行面です。何せ1955年に始まった春闘の営みの64年間の大半はインフレ前提での頭の回し方でしたから、デフレ時代の賃金のあり方に対応できていません。デフレの20年間には、労働組合がなくて賃金制度がないところの雇用労働者にとっては、いわゆる定期昇給すらないという状況のなかで実質賃下げが横行しました。連合の中ですら、中小のベア率が大手のそれを上回るようになったのはやっとここ数年の話です。「格差是正」や「底支え」と口で言うのは易しですが、行うは難しであることは間違いありません。だからこそ運動としてこれを進めなければならないのです。みんながその気にならなければ進まないのです。

 ここでいう「みんな」とは誰でしょうか?もちろん労働側が一丸となってその気になることが出発点ですが、それだけで日本全体の賃上げが実現するわけではありません。経営者はもとより、世の中全体がその気にならなければ進みません。社会全体の問題意識が乏しいままでは、労働組合がないところの経営者の重たい腰もなかなか上がらないでしょう。そして格差拡大の背景に重くのしかかっている悪しき取引慣行の是正も進まないでしょう。

 そういう意味では2013年と2014年の秋に総理官邸で行われた「政労使会議」がその後途絶えたままとなっていることは非常に残念です。日本社会が必要としている格差是正や底支えを進めるためには、政労使の共同発信の場は極めて重要であり、何度も何度も三者が同じ認識を言い続けていくべきなのです。

 官邸にしてみれば、一強政治のポジション継続という命題からすれば政労使会議継続は不必要なことだったのかもしれません。ましてマスコミから「官製春闘」などと持ち上げられればなおさらです。賃上げは安倍さんのおかげだと思っている人たちが世の中にはあふれかえっているのですから。しかし「今年の賃上げは**%」だったなどという物言いは、実は日本全体のなかでは一部の限られた範囲のことでしかありません。そこを取り上げているだけでは格差是正や底支えは一向に進まないのです。見せかけではダメなのです。

  

☆世の経営者に問う

 2020春闘、連合としてやるべきことを整斉と進めていきます。特に私の立場から申し上げたいのは、「やはり労働組合が必要でしょう」ということです。今回の基本構想でも組織の拡大に言及していますが、まともな形で賃金を上げようとするならば、労働組合があって労使関係が機能することが本来的に必要です。

 労働組合という傘を持たない全ての方々に呼びかけたいと思います。ブラック的経営者であればすぐにでも労働組合をつくりましょう。一人で悩まずに電話相談をください。(0120-154-052;フリーダイヤル・イコウヨレンゴウニ)一人でも入れる受け皿も持っています。

 「うちはブラックというわけではないが賃金はあがらないなあ」という方は、なぜ上がらないかを一緒に考えようじゃありませんか。労働組合はそのためのバネ力になります。前向きな経営者であればそちらにもプラスになる存在だと思ってください。

 そして経営者の皆さん。働く者の実感を聞いてください。切実な思いを受けとめてください。

 もちろん大企業の経営者の皆さん方も「これまでだいぶ上げてきたからここらで一休み」などと考えないでください。デフレ脱却がここで腰折れしたら今までの苦労は水の泡ですし、企業経営にとっても結局は大きなマイナスです。企業グループ内の格差是正と底支えを明示的に実現するとともに、ここまでの流れをより強固なものとしてください。私たちは「上げ幅」にも引き続きこだわりを持っています。

 ここのところ何か「予防線」を張っておられるかのようなご発言もあるようですが、大企業のことだけを考えた消極的な賃上げスタンスは、社会全体の危機を極大化していく行為に他ならないと思います。