― 自縄自縛の春闘報道 ―

☆第1回の連合賃上げ集計は前年同水準

15日金曜日夕刻、連合本部での記者会見で今春闘の第1回集計内容が発表されました。回答が報告された賃上げの加重平均は2.16%。そして、この2.16%は奇しくも昨年同時点と全く同じ数字となりました。

関心を持ってみておられる皆さんからすれば「えっ?」と思われたかもしれません。13日のいわゆる集中回答日前後に文字通り集中した報道は、「縮むベア」だの「前年割れ続出」だの、これでもかこれでもかというマイナスイメージの大見出しが踊っているのですから無理もありません。この2.16%はいわゆる定昇込みの数字ですから、もう少し分析・深掘りは必要ですが、最も一般的に取り上げられる賃上げ水準の集計が、昨年と同率になっていることは紛れもない事実です。

報道と現実との間に、なぜこのようなかい離が生じてしまっているのでしょうか? すぐ思いつく理由が2つあります。

<理由その1>…報道そのものが一部に偏っているからです。

物価上昇が明確にあった時代の春闘は、リーダー的な産業・企業の回答が出れば、事実上、それで全体が決まったという感じもあったでしょう。「天井」のようなことにもなったでしょう。しかし、今は全くそういうことではありません。リーダー的存在や親企業の賃上げ水準を上回る例は、当たり前のように出てきているのです。産業分野ごとにみても、情報、外食等のサービス産業や公益関係等の今回の回答は、全般的に昨年の賃上げ水準を上回っています。しかし、報道が全体に及ばないので、これらの内容はあまり大きく取り上げられません。

<理由その2>…編集と見出しをつける人のスタンスの問題です。

一線の記者の皆さんの多くは、前述のような、今の春闘の特徴に関する認識は持っておられると思います。しかし、それをどう取り上げるかは、その上の人たちの判断に委ねられます。そして、見出しをつける人たちの権限は、大変大きなものがあると聞きます。心配なことは、その方々がどういうスタンスで方針を決め、見出しをつくるのかという点です。読者に「なんだよダメじゃないか」とか「ひどいなあ、あきれた」という反応をさせたい場合も多々あるのでしょう。加えて、ネットメディアに取り上げられるためには、平凡な見出しはアウトという事情もあるのかもしれません。しかし、事実を正確に表現するよりもそちらの方に重きが置かれるとすると、事は重大です。春闘報道でそれをやられると、格差拡大を助長することにもなりかねないのです。

 

 

☆世の中を冷やしたい理由があるのでしょうか?

先述のように、現時点で昨年と同水準の賃上げが実現しているのですが、15日の連合集計第1回目のこの内容はあまり大きく取り上げられていません。マスコミにとっては不都合な真実なのでしょうか? 「下がった下がった」と際立たせて、何かいいことがあるのでしょうか?

昨年を振り返ると、第1回集計の2.16%は7月の最終集計では2.07%となりました。一般的には、後続の数字は低めになりがちなので、少しづつ水準は低下していくのが通例ですが、しかし連合として格差是正を強調して以降、この開きは年々縮まってきています。今は、この2.16%を「土台」にしていこうと掛け声をかけており、できれば最終集計は逆転するぐらいのことを目指したいところです。それだけに、マスコミ報道があおる逆風はまことにしんどい限りです。

それでも連合組織のなかでは実態を粘り強く伝えていくことで、なんとか耐えていきたいと思いますが、圧倒的に多数の労働組合のない職場においては、この逆風の風圧を跳ね返すすべがありません。労働組合のない企業の経営者のなかには「下がった下がった」の報道をうまく利用する人もあるでしょう。働く者一人ひとりにとっての展望はひらけないままであり、経済の好循環など夢のまた夢。自縄自縛を繰り返すのみです。

 

 

☆まことに結構なシナリオづくり?

ここに至るまでの春闘報道で、私が既に辟易していることがあります。それは「昨年までは官製春闘だったが、今年は違う」というストーリーです。

「官製春闘」など、もともとないのです。あえていうならば「政労使春闘」です。2013年と2014年の秋に行われた「政労使会議」のなかで、政府と連合と経団連はじめとする経済団体との間で、賃上げの重要性に関わる認識を一致させて以降の現在の流れがあるのであって、まるで財界が総理の言いなりになっているかのような「官製春闘」などという表現は、百害あって一利なしのフェイクなのです。各労使は、どちらも大変な苦労の交渉の末に賃金決定をしていますから、忌々しい思いを持ってマスコミを見続けていましたが、官邸は悪い気はしなかったでしょう。マスコミのおかげで、「安倍総理のおかげで賃上げが進んでいる」と、大半の国民が思い込むようになったのですから。

そういう、もともと実態としてなかった「官製春闘」なのに、たまたま総理が数字の%を言っていないからといって、殊更に今年が「脱・官製春闘」だなどというのですからさらに困ったものです。私たち労使は役者ではないので、勝手なタイトルと後付けの脚本によって、観客(真の情報に接する機会のない多くの国民)が惑わされる現状は迷惑千万と言わざるを得ません。

後付けの脚本は今後どういうかたちでつくられるのでしょうか? 「やっぱり総理がねじ込まないと賃上げは進まない」というものでしょうか? 「経済界は内部留保を貯めこむだけで自分のことしか考えない」というものでしょうか? はたまた「ストライキもやれない労働組合はだらしない」というものでしょうか?

官邸にとってはまことに結構なシナリオなのかもしれませんが。

 

 

☆究極の自縄自縛は・・・

政権与党にとっても、選挙のことを考えるとまことに結構なシナリオかもしれませんが、国民のこと、経済のことを真剣に考えるならば、こんなことを繰り返していたら日本はおかしくなります。だいたいこの2%程度の賃上げにしても、それを実現できているのはおそらく日本の半分にも行き届いていません。本来暖めなければならない空気が逆に冷やされるようでは、お先は真っ暗と言わざるを得ません。日本経済の自縄自縛です。

一方で、マスコミも自縄自縛ではないでしょうか? そもそも春闘報道自体が、関心のある人だけにしか伝わっていないような気がします。新聞はある程度、ボリュームを割いて扱っているけれど、果たしてどこまでの層に拡がっているのか? テレビやネットメディアの扱いは、さほど多いとも思われません。

関心を持っている人は新聞を丁寧にチェックしていますが、その関心のある人たちの疑念や嘆きが、年々積み重なっています。